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浦和地方裁判所 昭和43年(ワ)564号 判決 1969年12月22日

原告

阿部秋夫

被告

小林泉

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一、五六四、二〇〇円及びこれに対する昭和四三年九月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、原告において各被告に対し金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

原告訴訟代理人は「被告らは各自、原告に対し、金三、三六四、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年三月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、(事故の発生、被告らの地位、被告李在英の過失)

被告小林政雄こと李在英(以下被告李という)は、タイル請負業を営む被告小林泉(以下被告小林という)の被用者であるところ、同人は被用者として職務を行うため昭和四一年三月一六日午前七時五五分頃被告小林の保有する自家用四輪貨物自動車(六埼す―六八五五号)(以下被告車という)を運転して川口市並木町方面から同市青木町三丁目方面(西から東)に向い時速約四〇キロメートルで進行中、同市幸町二丁目二九番地先の交差点にさしかかつた際、一時停止せずまた左右の安全を確認しないで右交差点に進入したため、折柄右方道路から同市上青木町(南から北)に向つて第二種原動機付自転車(川口市B三五八九号)(以下原告車という)に乗つて右交差点に進入した原告に、被告車の前部を衝突させ、同人をその場に転倒させ顔面と胸部の打撲傷および大腿骨骨折による加療三二ヶ月を要する重傷を負わせた。

二、(被告らの責任)

よつて被告李は民法第七〇九条により、被告小林は民法第七一五条及び自動車損害賠償保障法第三条により各自原告が本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

三、(損害)

(一)  (財産的損害)

(1) 失つた得べかりし利益

原告は前記事故当時埼玉鋳造工業株式会社に運転手として勤務し、月平均金三五、〇〇〇円の給付を受けていたが、入院・通院など右事故による傷害の治療のため三二ヶ月の期間給料合計金一、一二〇、〇〇〇円を受けられなかつた。

(2) 入院および通院期間中の諸雑費支払による損害

原告は前記事故による傷害の治療のため入院および通院期間三二ヶ月中の諸雑費(栄養費・消耗費・通信交通費その他)として一日平均金四〇〇円の割合による合計金三八四、〇〇〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を受けた。

(二)  (慰藉料)

原告は三二ヶ月に亘る入院および通院の加療のため勤務先も解雇となり、婚約も解消となり、近親者がないため生活保護法による保護を受けてかろうじて生活を続ける状態であること、大腿骨骨折部分が癒着して右下肢が約四センチ短縮し膝関節強直の後遺症により将来自動車運転手として稼働することが不可能になり、多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これに慰藉するには金二、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

四、(結論)

以上の損害合計金三、五〇四、〇〇〇円となるが、原告は被告李からすでに金一四〇、〇〇〇円について弁済を受けているから、その額を控除した残額金三、三六四、〇〇〇円が原告の蒙つた損害である。

よつて原告は、被告ら各自に対し、前記損害金三、三六四、〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和四一年三月一七日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告らの認否

原告主張の日時、場所において被告車と原告車とが衝突した事故により原告がその主張の創傷(但し創傷の程度は除く)を負つた事実は認め、その余の事実はすべて争う。

本件事故の発生は原告の過失に基くものであつて、被告李在英には過失はない。すなわち、被告李は、本件事故現場の交差点にさしかかる直前に一時停止をして、その左方(北方)の安全を確認しながら時速五ないし六キロメートルで進行し始じめたところ、原告車が右方(南方)より時速五〇キロメートルで被告車の前に飛び出して来たので被告李が停車する間もなく、衝突したのであり、被告李は十分注意義務を尽している。むしろ原告車が本件事故現場の交差点で一時停止をして、左右の安全を確認すべき注意義務があるにもかかわらず、勤務先の埼玉鋳造工業株式会社の出勤時刻である午前八時に到着せんとしたため速度を落すことなく無理に通り抜けんとして飛び込んで来たので本件事故が起つたといえるから、その原因は原告の過失によるものである。

第四、被告の抗弁

一、示談契約の成立

原告と被告李との間に昭和四一年三月二二日に本件事故に関して金一二〇、〇〇〇円で示談契約が成立し、同年一一月二六日その金額を支払つたところ、原告は右の示談契約の中で本件事故について一切の請求をしないことを認めているし同年一一月二六日に誓約書で新たに同日以後一切の請求権を放棄しているから原告には本件事故について何等請求権がない。

二、過失相殺

仮に被告らに対し原告が賠償請求権を有するとしても、原告に前記の如き過失があるので賠償額の算定につき斟酌されなければならない。

三、弁済の抗弁

被告李は原告のために本件事故について入院費金三三一、〇〇〇円、果物その他雑品代金三、七五五円、附添費金一二一、七二六円、病院診療費金一七〇、四三五円、休業補償金一二〇、〇〇〇円、総計金七四六、九一六円の支払をしてあるのでその額は原告の本訴請求から控除されるべきである。

第五、抗弁に対する原告の認否

原告と被告李との間に被告主張の示談契約のあつた事実、休業補償金一二〇、〇〇〇円の支払を受けた事実、入院費および診療費の一部、果物その他雑品代並びに附添費の支払をした事実はこれを認め、それぞれの額については知らない。

その他の事実についてはすべて否認する。

第六、再抗弁

原告と被告李在英との右示談契約は、本件事故当時の医師の診断による傷害の程度を前提にして締結したものであり、その傷害は右診断よりも重傷であることが判明し、右契約の意思表示に重大な影響を及ぼすものであるから、その要素に錯誤があり、無効である。

第七、再抗弁に対する認否

原告の再抗弁事実は否認する。

第八、証拠〔略〕

理由

一、(事故の発生状況について)

(1)  原告主張の日時、場所において被告車と原告車とが衝突した事故があつた事実と右事故により原告が原告の主張どおりの創傷を負つた(但し程度は除く)ことについては、当事者間に争いがない。

(2)  (創傷の程度・因果関係について)

被告らは、本件事故による原告の傷害は加療四ヶ月程度の傷害であり、これを越える程の重傷になつたのは、原告が金川病院に入院していたとき無断外出中転倒し再度骨折したためであると主張するけれども、無断外出の事実は〔証拠略〕によりこれを認めることができるが、転倒再度骨折の事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。〔証拠略〕を総合すれば、本件事故と原告主張の傷害程度との間には因果関係があることが認められる。被告李在英本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してたやすく措信し難く、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  (被告李の過失の有無)

〔証拠略〕を総合すれば、被告李は、右被告車を本件事故現場へ向けて時速四〇キロの速度で運転進行させ、事故現場である見とおしの悪い交差点に差しかかつた際、右交差点左側(北方)の道路の安全を確認したのみで右側(南方)の安全を十分確認することなく漫然運転進行させたため、右側より原告車が運転進行してくるのを認める間もなく、被告車の前部を原告車左面に衝突させ(被告李は右衝突に至るまで原告車の進行を知らなかつた)原告の運転操作を困難にし原告を転倒させ、加療三二ヶ月(訴提起までは三〇ヶ月)を要する顔面胸部打撲傷、大腿骨骨折の重傷を負せたことが認められる。

〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

自動車の運転者は、道路・交通の状況に応じ他人に危害を及ぼすことのないような方法で運転しなければならない(道路交通法第七〇条)ものであるにも拘わらず、被告李は前記認定のとおり事故現場の見とおしの悪い交差点で左側の安全のみを確認しただけで左右の安全を確認すべき安全運転の注意を怠つて進行したため、本件事故を惹起したものであつて、この点に被告李の過失があるといえる。

(4)  (被告李と被告小林との関係ならびに事業の執行中の有無)

〔証拠略〕によれば、タイル請負業ならびに被告車の所有の名義は、被告李の妻ふじになつているが、被告車の実際の所有者は右ふじの婿養子である被告小林であり、被告小林はタイル職工の年季を入れ、右ふじも被告李もタイル張りができず、タイルの仕事は被告小林が主役であつたこと、被告李がその外交をやつたり仕事の現場で砂をはこび手伝をしており、被告車を被告小林のタイル業のために使用していたことが認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の認定事実によると、被告小林と被告李との間には実質的にみて使用関係があり、また実質的には被告小林が自動車(被告車)の所有者であつたことが認められる。

被告李の本件事故時の自動車運転は、〔証拠略〕によれば、訴外遠藤建設に仕事の連絡に行くためのものであること、その仕事というのはタイル張りだということが認められるから被告小林の事業の執行中であると認められる。

二、(被告らの責任)

本件事故は、被告李が、被告小林の保有する被告車で被告小林の事業の執行中に起したものであることが前記理由により認められるから、被告主張の抗弁が認められない限り、被告らは本件事故により原告が蒙つた後記の損害を賠償する責に任じなければならない。

三、(被告抗弁)

(一)  (示談契約成立による一切の請求権の放棄)

本件事故について、原告と被告李との間に昭和四一年三月二二日示談契約が成立し、原告が、昭和四一年一一月二六日被告李から金一二〇、〇〇〇円を休業補償費として受領したこと、本件事故に関して以後損害賠償請求その他一切の請求をしないとの合意があつたことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば事故後相当日数が経過してから、原告の傷が予期に反する重傷であることが判明し原告は昭和四二年二月一四日再手術を余儀なくされ再手術後も骨癒合が完全でなく後遺症として右下肢約四センチメートルの短縮、膝関節強直による機能障害が残ることが認められ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

このように全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の損害賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は示談の当時予想された損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後に発生した場合その損害についてまで賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致したものとはいえない。

ところで、〔証拠略〕によれば事故より加療四ヶ月の傷害として示談した事実が認められるから、この期間内の本件事故に関し原告の請求は一切認められないが、それ以後については示談契約に拘束されない。よつて、それ以後予期に反する再手術、後遺症等による損害の賠償を請求することは妨げない。〔証拠略〕によると、原告は昭和四一年一一月二六日被告李に対し本件事故に関して一切請求をしない旨誓約していることが認められるが、〔証拠略〕によると乙第四号証の四(誓約書)は昭和四一年三月二二日の示談契約の一内容を再確認した意味にすぎず、新しくこの時点で一切の請求を放棄した意味でないことが認められるから、乙第四号証の四の存在は昭和四一年七月一七日以後の損害の賠償を請求することを妨げない。

(二)  (過失相殺)

〔証拠略〕を総合すると、原告は、左側にちらつと被告車を認めながら十分徐行することなく時速約二五・六キロメートルで交通整理の行われておらず、かつ左右の見とおしの悪い交差点に原告車を進行させた事実が認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

第二種原動機付自転車の運転者は交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしの悪いところでは徐行すべきである(道路交通法第四二条)にも拘らず、原告は前記認定の如く十分徐行することなく進行させたため本件事故にあつたものであり、原告にも過失があるといえる。原告の過失と被告李在英の過失とを比較すると、双方の過失の度合は大体原告三に対し、被告李七の割合であると認めるのが相当である。

(三)  (弁済の抗弁)

〔証拠略〕によれば、被告李は原告の治療費金五〇一、九八五円を支払つた事実が認められるが、弁論の全趣旨によると原告は被告らに対し本訴において入院費、治療費の賠償を請求していないことが認められるのでこの点に関する被告らの弁済の抗弁は理由がない。次に〔証拠略〕を総合すれば、被告李は果物雑品代金三、七五五円、附添費金一二一、七二六円を支払つたことが認められるが、これらはいずれも昭和四一年七月一六日までの支払であり、昭和四一年七月一六日までについては原告には本件事故については一切請求が認められないことは前記のとおりであり、よつてその期間の弁済についての被告らの抗弁は理由がない。更に〔証拠略〕によれば、原告が被告李から支払を受けた休業補償金一二〇、〇〇〇円も昭和四一年三月二二日の示談契約の履行として原告が当然支払を受けることができる性質のものであることが認められこれに反し右金一二〇、〇〇〇円が昭和四一年七月一七日以降の休業補償金であることについては本件全証拠によるもこれを認めるに足りないから、右金一二〇、〇〇〇円の弁済についての被告らの抗弁は理由がない。

四、(損害)

(一)  (財産的損害)

(1)  原告の失つた得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時埼玉鋳造株式会社に勤務し、最少限一日約金一、〇〇〇円の賃金を得、一ヶ月金二五、〇〇〇円の賃金を得ていたことが認められるから、昭和四一年七月一七日より訴提起の日であること本件記録に徴し明らかな昭和四三年九月二四日までの二六ヶ月間の賃金合計金六五〇、〇〇〇円が原告が本件事故により失つた得べかりし利益であり、原告は同額の損害を蒙つたことになる。

もつとも本件事故については、前記のように原告にも過失があるのでこれを斟酌すると、被告に対する右の賠償請求額は、金四五五、〇〇〇円となる。

(2)  入院および通院期間中の諸雑費の支払による損害

〔証拠略〕によれば、原告は右入院および通院中一日平均金四〇〇円の栄養費、交通費、その他の諸雑費を支払つたことが認められるが、原告本人尋問の結果その他本件全証拠によつて認められる原告の健康状態・生活程度に照らせばその額は一日平均金二〇〇円が相当であると認められるから、前記二六ヶ月間で金一五六、〇〇〇円となる。

もつとも本件事故については、前記のように原告にも過失があるのでこれを斟酌すると、被告に対する右の賠償請求額は、金一〇九、二〇〇円となる。

(二)  (慰藉料)

〔証拠略〕によると、原告は本件事故により再手術を昭和四一年七月一七日以降にしなければならなくなり、後遺症として右下肢約四センチメートルの短縮ならびに膝関節強直の機能障害を残したこと、そのため医師から原告は将来運転手の仕事をすることは不可能であると言われていること、またそのため原告は婚約を破棄されたこと、昭和四二年一一月一五日に前記会社を解雇になつたこと、その後生活保護法の適用により生活を続け無職のまま現在に至つていること等が認められ、原告は本件事故により多大の精神的苦痛を受けたことが推認される。右事実と前認定の原告の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告が受けるべき慰藉料の額は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

五、(結論)

以上のとおり原告が被告らに対し本訴において請求しうべき損害額は前記四、(一)(1)(2)(二)の合計額金一、五六四、二〇〇円となり、被告らは各自原告に対し、金一、五六四、二〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること本件記録に徴し明らかな昭和四三年九月二五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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